流行の服を手にしなくなって久しい。流行に関係なく、気に入ったものを長く着たいからだが、それでも箪笥の肥やし予備軍は思いのほか増えていく。どうしたものかと考えていたころ、安藤明子さんの「サロン」と出会った。
既に愛用の方も多いと思うが、明子さんのサロンは「筒状の布に腰紐」という独自のスタイルをもつ。洋服のスカートと違って、直線裁ちの布を筒状にしていることから、着物のように老若男女を問わず、体形に関わりなく、誰でも着ることができる。着付けがラクチンで、腰紐1本、ギュッと縛るだけで平面の布が自分サイズの服になる。というより、自分が服の形をつくる。これは一度着てみるとよくわかるのだが、かなり、気分がいい。無理がなくて、誰が着てもその人らしくて、こういう美しさがあったかとハッとさせられる。私のおおかたの洋服にはないことだった。そして、この先太ろうが痩せようが、サロンはいつだってジャストサイズだ。体形が変わってもサロンの着心地は少しも変わらない。見た目のバランスや美しさも変わらぬまま、ずっと着ることができる。サロンのプロポーションが普遍性を備えているということだろう。
明子さんのはじめての著書、その本づくりに携わるうちに、サロンのもつ普遍性をますます感じるようになった。敬服するのは、長く美しく着用できるようにと、時間の経過がもたらすものをとことん読み込んで、あらかじめサロンを構成していることだ。膝やお尻の布地が伸びてポッコリしないように、裾が傷みにくいように、丈を調節できるように、暑さ寒さに応じて重ね着ができるように、洗濯が楽なように…。まだまだたくさんのことを、サロンに込めている。誰でも縫えそうな単純な型に見えて、そのつくりは奥が深い。皺にならないたたみ方や収納方法、風呂敷のようにサロンを一器多用する工夫まで編み出している。それもこれも、明子さんが布をいとおしんで止まないのだ。どうしたら布のいのちを全うできる衣服になるかを考えて、12年も前から実生活で繰り返しサロンを用いてきた。布に寄せる思いが、万人に仕える、生活道具に成り得る衣服を求めた。
このサロンを「和風」という人もいれば、「モダン」「アバンギャルド」という人もいる。実際、どちらにもなる。日本人としての精神性を貫きながら、サロンは和も洋もしなやかに取り込んでいるからだ。着る人が、自由に暮らしに合わせていける。
私のマイサロンは古いものでまだ5年ものだが、20年ものになるころはどんなだろうか。箪笥には、よくはき込んでいい感じになったサロンが詰まっているに違いない。
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縁の縁 |
安藤雅信 |
ある程度齢を重ねてくると、切れる縁が多い中二周目とも思える縁を感じることがある。それが赤木夫妻である。今から21年前、私の初めての展覧会は現代美術作家として陶芸家との二人展であり、新宿のギャラリー玄海で催した。そこを任されていたのは大卒ピカピカ新人女性の智子さん、取材に訪れたのがこれまた家庭画報で編集をしていた新人赤木明登君である。そのギャラリーはそれから若い作家や編集者、学芸員などのたまり場になって、上京するたびに朝まで飲んで遊んで議論をした。その後、二人は結婚し、輪島に行って弟子入りし作家になっていったことは御承知の通り。私は線香花火のように、頭でっかちになってぽとっと奈落の底に。
人生のリセットボタンを押して、遅れて再度作家になり、また赤木夫妻とは2周目の縁を持てるようになった。そして、ほぼ同時に赤木智子さんと妻の明子が、本を出版した。作家というよりは生活者としての知恵と体験の結集が、一つの形になっている。二人の女性の共通点は、女性として妻として、また母として直感と現実性によって、男どもの夢想と暴走を的確な場所に落ち着かせてくれるしなやかな強さを持っていることだろう。夫に追随するのではなく、かといって対等という関係でもなく、一つの個としてそれぞれを認め合う。肩肘張らず見栄張らず、素直に現実と生活を楽しみながら積み重ねてきた体験が、ささやかな自己表現となっている。そんな生き方が様々な縁によって生かされていることに感謝したい。
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赤木智子(あかぎともこ)
1962年東京生まれ。東京学芸大学卒業後、新宿の「ギャラリー玄海」に勤務。現代陶芸作家を中心に個展を企画。87年、雑誌編集者の赤木明登氏と結婚。その2年後、明登氏が漆職人の修行を始めるために輪島へ移住する。自身も職人仕事の「研ぎもの」の技術を一年間学校に通って本格的に習う。94年、明登氏が独立。現在の地に家と工房を建てる。一男二女の母。
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安藤明子 |
1965年兵庫県西宮市生まれ。
おおかたの子どもがそうであるように、工夫し考え、見立て遊びや工作・発明の好きな子どもでした。まだ衣服も今ほど消費される時代でなく、三人の子の服を縫う母の傍らで、自分なりの形を考え遊んだのが原点かもしれません。
多治見にお嫁に来て探り始めた衣生活の集積がこの度一冊の本になりました。二年にも亘り、コトバを引き出し見事にわかりやすくまとめて下さった、竹内典子さん、空気感のある写真を撮影して下さった池内功和さん、ご協力下さいました多くの方々に心より感謝申し上げます。
私生活を突き詰めた上で生まれたサロンを、どれほど受け容れて頂けるのだろうか、と不安な思いはもちろんありましたが、同じ今を生きるひとりである自分の思いや需要を、きっと共有して下さる方があるに違いない、と信じております。縁あって手にして下さったサロンが、布が朽ち果てるまで一生に亘り役立つものとなることを、願ってやみません。
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