ギャルリももぐさ/百草
作品/百草
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三谷龍二 コラム '04  茶 匙 '04
三 谷 龍 二 展
3月19日(土)〜4月3日(日)
11:00〜18:00
会期中無休
作家在廊日
3月19日(土)・20日(日)
ももぐさカフェ
通常メニューに加え三谷龍二展期間中は、
三谷さんの器を使って、長野県上田市の「ルヴァン」の
パンをスープ、サラダとともにお出しします。
またCoffee Kajitaのコーヒーと焼き菓子も
お楽しみいただけます。
「時代と共に器もかわる」
 木製食器と書くと僕は江戸時代の庶民の器を連想する。三谷さんを含め昨今作られている木製食器は「木の器」と呼んだ方がぴったりするものだ。同じ木製の器でもどこか違う。明治時代の文明開化まで日本には家具らしい家具はなかった。特に現代の木工は戦後のクラフトブームであったり、ヒッピーの自然回帰運動などの流れが主流である。クラフトブームは北欧を中心としたヨーロッパの影響を強く受け、椅子など家具が多い。一方'60年代のヒッピーなどの影響から'70年代には地方で半自給自足のコミューン的な工房が作られ、やはり家具が作られるようになった。そんな中、'50年代生まれの我々遅れてきた世代は、上からは抑え付けられ、下からは追いかけられて物作り達の層も存在感も薄い。
 三谷さんは上の世代がしてこなかったことの中で、木製の日常食器を手で作り始めた最初の作家であると僕は認識している。'80年代初頭のことである。この分野を開拓したと言っても良いだろう。三谷さんは生活の中でのリアリティを大切にされる方だから、自分が欲しいと思うものから作り始めたのだと思う。今や木の器は江戸時代の木製食器とも違う生活の変遷に合わせて発展してきた現代の必需品になりつつある。
 使ってみれば温かいパンや餅の蒸気を吸ってくれるし、油もののおかずもそのまま載せられ、かえって木にオイル分が補充できて一石二鳥だったりする。たわしで洗っても大丈夫。洗い上げた茶碗籠の中でも陶磁器の中に木が入ると当たって欠けることもなくなる。
 江戸時代のものと何が違うか考えてみた。江戸時代には椀形か浅い鉢形が多い。同じ時代のオランダではリム皿と同じ形状の木製皿もあったようで、所変われば品変わるとは旨く言ったものだ。古道具の坂田さんが新潮社の「ふだんづかいの器」の対談の中で、時代と共に器の種類が変わってきたことを述べられている。「・・・いまの若い人はほとんどテーブルでしょう。そうなると食器もかわるかもしれない。碗や深鉢が減って平皿が増えたり。」つまり、膳では持ち上げないと食べられないので碗や鉢になり、テーブルでは器を持ち上げる必要が余りないので多用途に使える平皿が増えるということだ。確かに我が家では安定感のあるパン皿が平皿として、お茶とお茶菓子を載せるトレーなどとして重宝に使われている。
 しかし、一番大きく変わったのは木の器を作る側と使う例の気持ちだと思う。江戸時代には陶磁器がまだ貴重品であり、木材が素材として身近に在ったことから、器といえば木製食器が一般的であったが、使われる木と器の種類は少なかったようだ。その点現代の作り手は自らの生活感をもとに用途に応じ木を吟味し、木目や肌合いまで計算して丁寧に愛情を込めて作っている。特に三谷さんのものも含め「木の器」として成功しているものは、素材の生かし方、美しいフォルム、手の跡の加減が見事である。蜷轤挽きのものも、のみで彫ったものもそれぞれに美しく、木の種類や形、用途に合わせ、上手く作り分けている。一度工業製品に奪われたテーブルの上を自分達の手で作った生活道具で埋めていこという気概を感じる。一方、使う側も膳と違いテーブルが広いということもあり、用途も彩りも触感も異なる様々な素材の器を楽しんでいる。特に木の器は、素材の持つ力が大きく使い込むほどに美しく愛着が増してゆくものだが、使い勝手はまだ十分紹介されておらず、ギャラリーの責任は大きい。
 我が家のテーブルでも、木の器、カトラリー、バターケース、茶筒など、毎日の用に欠かせないアイテムとなり時を経てそれぞれに味わい深く変化し、食とライフスタイルの変遷に応えてくれている。今回は実際に使っているものなども展示して、生活から木の器を眺めてみたいと思う。
百草 安藤雅信
三谷龍二 / 白漆猪口 '04
三谷龍二
1952 福井市生まれ これといって特徴のない街で、これといって特徴のない少年期を過ごす
1971〜77 芝居のポスターを作ってみないかと誘われて劇団に入る  人前に立つなど考えられなかったのに、どうしたわけか舞台にまで立つ  でも、この時の大道具経験が、木に関わる始まりであった
1981 松本市に工房PERSONA STUDIOを開設 といっても団地の6畳一間  ここでできる事から始めよう、と木のアクセサリーを作る
1983 家具を作る友人に刺激をうけ、暮らしに関わるもの作りを考える  そうした中から陶磁器のように「普段に使える食器」として、木の器を作り始める 
1985 クラフトフェアまつもとを友人たちと始め、以後運営に携わる  このポスターを作ることがきっかけに、彫像作品の制作を始める  (どうも妙にポスターに縁がある)
1996 食器に適した仕上げとしてオイルフィニッシュに加え、漆を始める
1995〜 
2004
クラフトフェア機関誌「MANO」(手)編集長
2001 器づくりの合間に、道具や器をモチーフにした立体や平面作品を作り始める
2002 季刊誌「住む」で絵と文による「僕の生活散歩」の連載を始める
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