ギャルリももぐさ/百草
作品/百草
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志野茶碗2003 吉田喜彦
吉田喜彦展

2003 11月15日(土)〜 11月30日(日)
11:00〜18:00
会期中無休

ももぐさカフェをオープンして居ります。
企画展期間中は、ワンメニュー10食限定で
ランチをご用意しております。
今回は吉田喜彦さんのutsuwaを加えての
メニューをお楽しみ頂きます。
カテゴリーを超えて
 何にしても第一人者は立派だと思う。新しいもの好きが居ても、世の大半は保守的で受け入れられるのに時間がかかる。革新的であればある程、風当たりは強い。それに耐えられる自分を持っている人は、世に出るまでに基礎を固め、土台を作り、柱を立て屋根を載せている。だから第一人者はいつまでも第一人者のまま存在できることが多い。それに比べ、先駆者の模倣をしながらちょっとした違いを表現する二番煎じは、世間の風当たりを受けない分少し楽である上、先駆者の弱点を改良しながら前へ進めるので、ちょっと優位な立場にいる。三番手四番手と現れると一つのジャンルとなり、表現はパターン化を余儀なくされる。パターンから外れるとそのジャンルの世界では生きていけなくなる。それで満足できない者がそこから飛び出し、新たな世界を築き第一人者となる。

 二番手三番手が現れると第三者が、それは何とか主義だとか、何々派だとか命名する。分類整理して分かりやすくしてくれる訳だ。日本文化を歴史的に見ると第一人者を重んじるより、その分類の中で僅かな差や違いを意識しながら表現したり、また見つけたりしてきたように思える。「型を極める」とか「道を極める」というのもそれだし、マニアとかオタクも同類である。西欧の文化から見れば創造性がないと言われるが、受け手の文化とすればそれだけ細部まで意識できる目を持つということは凄いことではないだろうか。

 だが、それは二番手三番手が現れて一つの世界が確立されてカテゴリーができた時の話である。日本文化はカテゴリーに属さない孤高の作家を包容する力に欠けている。分類の中での様々な約束ごとを測る物差しは一杯用意されているのに、比較対照する相手のない孤高の作家が現れると物差しが使えないので、突然あたふたとしてしまう。

 日本人の好きなカテゴリーの文化から吉田さんの作品の理解を深めようとすると、水面に映った月をすくうかのように吉田さんの本質はするっと指の間から落ちていく。吉田さんのお人柄・作品・所蔵される古道具は三位一体のように寄り添っている。古道具を拝見して、作品の理解を一面的につまりカテゴリーの中でしか見てこなかったことに気付いた。吉田さんの作品の場合、カテゴリーの価値観で見ること即ち茶碗なら茶碗の王道性や約束ごとは意味をなさない。茶碗の形式を借りた彫刻のようなものである。現代的な意味の弥生式土器やアフリカの水汲み鉢であり、日本的な意味での彫刻であると私は断言したい。特に今回のDM写真の志野茶碗は、茶碗の形式を借りた土器のような野心作であると思う。どのジャンルにも属したがっていないかのようである。これだけでなく吉田さんの器は、どれも彫刻であって彫刻でなく、食器であって食器でない。内側に深い空間を秘めた道具である。何の道具か、それは持つ人それぞれが決めること。カテゴリーを超えた鑑賞法も、日本人の性格に一つ加えたいものだ。そろそろそれができる時代になってきていると思う。
百草 安藤雅信
白磁花形鉢2003
吉田喜彦
1936 栃木県宇都宮に生まれる 幼い頃より何かを見ているのが好きで、小学校四年生の時、絵描きになると決める
1954 宇都宮大学付属中を経て、宇都宮高校卒業
日曜日に林武さんのところに通う この前後からマチス・ピカソ・宗達・光琳などの大きな展覧会を観て、自分の絵が大したものでないことを知る
上野の博物館に通う間に、陶器、書、仏像等を熱心に観るようになり、陶器を作るなら職人的な道もあり、才能がなくても何とかなるかと考え濱田庄司先生に弟子入りを頼むも、奥様が「暫く休みたい」とのこと「どこか土づくりからなんでもやっているところで暫く仕事をしてきたら」と濱田先生のお話もあった
志野も好きだし、山の中で一人で作陶しているとの第一回人間国宝展の荒川先生の紹介文に、濱田先生の話が重なり、荒川先生に弟子入りすることになる
1956 大萱での作陶修行が始まる
以後、益子や東京で濱田先生にもお会いして、作ったものをお目にかけ、蒐集品も見せて頂く
1968 大萱に家を作り独立
1969 初窯 初個展 以来数ヶ所の百貨店での個展を作品発表の場とする
1981 東京新宿区の備後屋ギャラリー華での第一回展、以後97年までに九回の個展をして、その都度作品集を刊行 この間ほとんど華だけを発表の場とし、華の俵有作さんからたくさんのことを学び、沢山の品々を観せて頂いた 誠に嬉しい歳月でした。小さいながらも、今こうして仕事を続けられるのは、有名無名の多くの良き方々とお会いできたからだと感謝しています
1988 現代日本陶芸展(アメリカ・ポートランド美術館)
イギリス・ビクトリア&アルバート美術館 信楽しのぎ手筒他三点収蔵
1990 ダラス美術館 粉引大壺収蔵
1992 日本の陶芸「今」百選展(NHK主催)
1995 JAPANEZE STUDIO CURAFTS展
(ビクトリア・アルバート美術館)
個展(壺中居・日本橋)
1997 洋陶磁美術館 三弁花形鉢収蔵
1999 1999個展 (壺中居・日本橋)
2000 2000 個展(東武宇都宮百貨店)
他オーストラリア アメリカ・コカコーラ美術館等収蔵団体に
所属することなく、公募展にも出品せず今日に至る
2003 栃木県県立美術館収蔵
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