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日本の音楽夜話 3 ファンク

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日本のファンクの歴史を誰か研究しているのかなあ。歴史と言えるようなものもないのかな。一節によると、最初にチョッパーベース(スラップ奏法)を弾いたのは後藤次利とか。はっぴーえんど解散後、ベースの細野晴臣とギターの鈴木茂が残り、そこにキーボードに松任谷正隆、ドラムに林立夫を加えて「ティンパンアレー」が1973年に始まった。本来ベースは細野晴臣だが、チョッパーズ・ブギでは後藤次利がベースを弾いている。75年に出たアルバムに収録されているから、これが最初かも。この頃、ギターの鈴木茂は自分のバンドを持っていて、ロスアンジェルスでリトルフィートを迎えて録音している。この中にファンクのリズムを取り入れた曲が二つある。「スノー・エキスプレス」と「グレート・アメリカン・ファンキーガール」。後者の曲は全員日本人。チョッパーズ・ブギよりこちらの方が、ファンク的な躍動感があり好みである。ロック日本語論争があり、日本語のロックが市民権を得ようとしていたが、’70年代はまだまだ、音楽的には英米の影響下にあった。しかし、彼らに影響を与えたものの引き出しのセンスが抜群に良かったことは間違いない。


コメント:2

加藤隆男 15-01-19 (月) 21:48

ティンパンアレーのアルバムを買ってチョッパーズ・ブギを聞いた記憶はありますが、私にとって日本のベースが変わったなと実感したのは大橋純子&美乃家セントラル・ステイション でした。バンド名から明らかにグラハム・セントラル・ステーションを意識していることは間違いありません。ヒットとしたアルバム「レインボー」発売前の1976年末に新宿のルイードと言うライブハウスで聞いたときにぶっ飛びました。ベースの音が太いのです。シングルヒットしたシンプルラブは軽い感じのきらびやかなイメージで売れていたと思いますが、私は太いベースのラインが気になって仕方がありませんでした。レインボーの中のナチュラルフードと言う曲のスラップベースを生で聞いた時のショックは忘れられません。ベーシストは確か福田郁次郎と言う人でした。ギターの土屋昌己がギター・イフェクターを5個も6個もつなげていることが当時(1976年)としては何やってんだろうと不思議に感じたことが記憶に残っています。

Masanobu Ando 15-01-19 (月) 22:22

加藤様
大橋純子のこの曲、初めて聴きました。ベース、細かい動きをしてますね。ファンクというより16ビートのノリですか。D.D.ブリッジウォーターを彷彿させる歌唱力があったとは。ユーチューブではナチュラスフードは出てこず、残念でした。それにしても日本人は取り入れるのが早い。参考になりました。

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