九回目を迎える「暮らしの造形」展は、工芸や美術にとらわれず幅広く制作している作家に焦点を当ててきた。とは言え工芸の側からの提案を主としてきたからか、実用的な機能に話が帰結し、論点と工芸の広がりになかなか繋がっていかなかった。ここ数年、岡﨑乾二郎著の「抽象の力」にインスパイアーされ、そこを突破したいと願っているが、牛歩の如くである。
西洋では美術を実用的に応用したものとして、工芸を応用美術と呼んでいる。マルセル・デュシャンが応用美術を美術作品に見立てて以来、応用美術は見た目だけで判断せず、人がどのように使うかによって実用品となり美術作品となるなど表現の幅は広がった。遡れば千利休の見立ても目的こそ違うが、ものと人の関わりによって創造力が増すことは同じである。そのような使い手を誘発する4名の作家を今展では選抜した。
矢野さんが作るものは、実用性を問う前にどれも彫刻のように空間をまとっている。鉄が作られる前の石斧で彫り込んだかのような形と肌合いが特徴で、作り込みをする工芸作品とは反対の極地で木と向き合っている。その結果、使い手は木が持つ潜在性を多く感じ取ることが出来るものとなる。長野さんは自分の作りたい形を持っている作家である。工芸家の多くは得意とする技術の延長線で何が出来るかを考えるが、彼女は形に素材と技術を向けていくので三つのバランスがよく混ざり合い、作品は出しゃばらない自然な存在感を醸し出す。それがガラスの素材感を自然に出せる作風にも繋がっている。黒畑さんの手捏ねによる楽焼の作品は、ロクロによる硬質な本焼成とは正反対の柔らかさと温かさを備えている。それらには台所で家庭料理を作るような感覚とでも言うのだろうか、日常の具体的な一コマを見るかのように一つ一つ切り取り、形にされた愛おしさが宿っている。中島さんは刺繍による立体作家である。平面に用いられることが多い刺繍という技法で立体作品を作ることは、彼女が学んできた彫刻立体制作の身体的な表れである。針を刺しているとどうやっても立体になってしまうのだろう、それらに機能を与えるのは手にする我々である。
今展は素材とストレートに向き合う作家が揃っているが、技術を駆使した無理な作品ではなく、素材の特性を生かしながら自然な形にしている。それが結果的に素材の潜在性を見せる新しさに繫がっていると思う。4人が集い刺激し合うことで、ブレのない活動に更に磨きが掛かっていくことだろう。
百草 安藤雅信
木
在廊日: 5. 19 sun, 20 mon
1973年東京都に生まれる。
「空気を描きなさい」
画家の母は隣で絵を描く小さな僕にいつも言っていた。
10代、父の灰皿や使い終わった絵の具のチューブなど身の回りにあるものを
日記のようにデッサンする毎日、仲間と音楽とバイク、
自由に生きていくことだけが当時の僕のエネルギーだった。
20代、模索する中で先住民族の自然観を知る。
立体の面白さに惹かれたのもこの時期で、「技術ではない形の
向こう側はなんだ」と拾った木端を鑿と斧でただ削りはじめる。
スウェーデンに渡り家具制作を短期間学ぶが、
木に穴を彫ることの感動にまさるものが見当たらない。
原始な精神性を含む造形物の強さと美しさを実感した、素晴らしい時間。
帰国後、彫刻家に弟子入りし3年後の30才、すべてと戦う覚悟で独立する。
10年間、福岡以外では作品を出さないと決め福岡の沖合にある小さな島の博物館で初個展、
その後は光の美しい場所を求め能舞台、茶室、美術館、和菓子店などで
年に一回のペースで個展を開催する。
40代、素晴らしい人たちや、ものと出会うことの喜びを知る。
そして今、いつも考えます 「僕は空気を描けているのかな」と。
硝子
在廊日:5. 18 sat, 19 sun
1974年材木屋の次女として生まれる。
大きなトラックに乗せてもらって現場について行くのが好きだった。
寡黙で優しい大工さん達、木の匂い、ガチ袋が揺れる音
組まれた材木や舞うおがくずの向こうから溢れる光
現場は私のなかの ものづくりの原風景
芸大生時代は古いもの、特に映画が好きで、
休みの日は小さな映画館か、古着屋、古本屋、純喫茶で過ごす。
映画美術の仕事に憧れていたが 本命の映画の世界にいきなり飛び込む勇気が持てず、
好奇心で受けたテレビ局の試験で 社内を見せてもらった時、
美術さん大道具部屋の 木の匂い、ガチ袋の揺れる音に
幼い頃の原風景と重なり、ここならやっていけそうだと確信。
料理番組の食器をスタイリングするなか、ガラスはまだ普段使いの器が
未開拓なことに気づき、自分が欲しいと思う器を製作し始める。
2006年 長女妊娠6ヶ月の時 恵比寿リムアート(現在のPOST)にて個展
後出産。翌年次女出産。
子供達が乳児の頃は、四畳半のコックピットのような小さい工房でキルン制作。
無心に手を動かす時。
小さな窯で、数字を閉じ込めたサイコロなどをつくる。
閉じ込めたはずのものが浮遊しているように見える透明の不思議。
2011年 自宅兼工房完成 強さや儚さ、鋭さや柔らかさ。
ガラスの相対する表情を併せ持つところに強く惹かれる。
音楽も映画も本でも 悲しい内容なのに、軽やかに描かれていたり、
何気ない日々のなかに光と影が同居しているものが好き。
誰かの毎日の記憶のなか 寄り添うようなものをつくれたら嬉しい。
陶
在廊日: 5. 18 sat
1979年富山県生まれ。
好奇心旺盛ですぐに何かに夢中になる子どもでした。
中学二年生、雑誌で見た雑貨デザイナーという職業に興味を持ち始める。
高校三年生、「作り方を詳しく知らずに作って下さいと頼むのは、失礼じゃないか?」と、
作り方を学ぶべきだと思うように。
何を学ぶか悩んだ末にガラスの技法と思い、
1998年能登島ガラス工房吹きガラス1年コースへ。
充実した日々だったが、他の素材の技法も知りたいと思うように。
「日本中のいろんな人が集まるやきものの学校があるよ。」と教えてもらい、
1999年岐阜県立多治見工業高等学校陶磁科学芸術科入学。
卒業間近、レンタル工房「studio MAVO」へ。
しばらくしてドラム缶窯で焼く楽焼に出会う。楽焼の貫入と触感に惹かれて、
その後MAVO仲間と作ったドラム缶窯で楽焼を試行錯誤するように。
2006年初個展。
2007年結婚を機に自宅兼作業場を福岡県へ。
現在は緑豊かな山の中で小学生の息子二人を育てながら制作しています。
刺繍
在廊日:5.18 sat, 19 sun, 26 sun
6.1 sat, 6.2 sun
静岡生まれ。
*幼稚園
託児所代わりに預けられたお絵かき教室
先生や両親がとてもよろこぶ顔が嬉しくてたくさん作品を作る
以来、美術が大好きになる。
*高校生
五感を使って自由に表現することができるからと彫刻を専攻。
パリで見たピカソの立体作品に刺激を受ける
*大学生?大学院生
夜な夜な芸術論を語り明かす中、大好きな先輩から誕生日にもらった刺繍の髪飾り
先輩に憧れて刺繍をはじめるも挫折。手に職をつけようと靴職人を目指す。
この頃、大切にしていた髪飾りをお直しした際に
「今度は自分らしく刺繍に向き合いたい」と思い立ち刺繍再開。
多摩美術大学在学時の恩師の石井厚生先生に
「わたしの表現を刺繍にかけてみようと思う」と伝えたところ
「なにを使って表現しても、彫刻家であることを忘れるな」との言葉に衝撃を受ける。
以来、彫刻家としての刺繍表現を追求し今に至る。
〒507-0013 岐阜県多治見市東栄町2-8-16
多治見ICより車で10分
JR多治見駅より東鉄バス13分「高田口」下車1km
tel. & fax. 0572 21 3368
http://www.momogusa.jp
営業時間: 11:00–18:00(17:30オーダーストップ)
ルヴァンのパンを使ったBLTサンドとじゃがいものポタージュのランチ(限定数)
メニュー・席の予約不可
6.3 mon − 6.5 wed 展示替えのため休廊
6.6 thu − 7.7 sun 常設展示 火・水休廊
7.8 mon − 7.11 thu 展示替えのため休廊
7.12 fri − 7.28 sun ミナペルホネン+百草