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2015-01

日本の音楽夜話 4  Eテレ(教育テレビ)1

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NHKはメインストリーム、民放はサブカルチャーという図式が崩れたのはいつ頃だろう。Eテレと名乗る前は教育テレビと呼ばれていたが、僕がよく見るようになったのは1996年、グッチ裕三が出ていた「ハッチポッチステーション」から。子供番組の体裁はとっていても、制作している大人が楽しんでいるとしか思えない素晴らしいサブカルチャー番組だった。一番楽しみにしていたのは「What’s entertainment?」。童謡をビートルズやクイーン、マイケル・ジャクソンの曲をパロディにして歌うコーナー。(ユーチューブに何曲かアップされているので、一見の価値あり)これを観て育った子どもは今、どんな成人になろうとしているだろう。子どもには難しすぎたかな。Eテレには是非、続編をお願いしたい。日曜美術館をパロディー化した「日用品美術館」というコーナーもあった。このタイトル、いただき!

そんな中、2010年からEテレで始まった「音楽の学校 スコラ」は、音楽を様々な角度で、坂本龍一がゲストと共に解体し、説明してくれる好番組である。不定期ゆえ、見逃したシリーズもあるが、書籍とCDまたはDVDとして30巻の予定で販売が始まっている。これは8,295円と高いのが難点。クラシックからロックまでカテゴリーを越えて幅広く、これからも楽しみな番組。

この巻はイエローマジックオーケストラの三人の対談に、中村とうよう亡き後、僕が最も信頼を寄せるピーター・バラカンが加わって、影響を受けた音楽について語っている。ブラックミュージックが多く、YMOとは思えない選曲に驚いた。

日本の音楽夜話 3 ファンク

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日本のファンクの歴史を誰か研究しているのかなあ。歴史と言えるようなものもないのかな。一節によると、最初にチョッパーベース(スラップ奏法)を弾いたのは後藤次利とか。はっぴーえんど解散後、ベースの細野晴臣とギターの鈴木茂が残り、そこにキーボードに松任谷正隆、ドラムに林立夫を加えて「ティンパンアレー」が1973年に始まった。本来ベースは細野晴臣だが、チョッパーズ・ブギでは後藤次利がベースを弾いている。75年に出たアルバムに収録されているから、これが最初かも。この頃、ギターの鈴木茂は自分のバンドを持っていて、ロスアンジェルスでリトルフィートを迎えて録音している。この中にファンクのリズムを取り入れた曲が二つある。「スノー・エキスプレス」と「グレート・アメリカン・ファンキーガール」。後者の曲は全員日本人。チョッパーズ・ブギよりこちらの方が、ファンク的な躍動感があり好みである。ロック日本語論争があり、日本語のロックが市民権を得ようとしていたが、’70年代はまだまだ、音楽的には英米の影響下にあった。しかし、彼らに影響を与えたものの引き出しのセンスが抜群に良かったことは間違いない。

FUNKの周辺 6  ファンクビート初体験

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この2枚を聴いたのは、1974年高校2年の時。秋だった。両方とも友人から借りてカセットに録音した。英語の単語はどんどん忘れていくのに、役に立たないこんな事は40年後の今でも良く覚えている。秋の修学旅行で出来るだけお金を使わないように帰り、急いで輸入盤で次作の「スラスト」(突撃)とチック・コリアの「銀河の輝映」を買った。国内盤2500円、輸入盤1800円。高かった。

スティービー・ワンダーの「迷信」のキーボードが奏でるリズムは衝撃的だったが、アルバム全曲そのノリではなかったので、たまたま黒人っぽいビートの曲を入れたんだという認識だった。もちろん、当時、ファンクなんて言葉は知らなかったし、このアルバムはソウル部門に置かれてた。ソウル・ロック・フォーク・ジャズというジャンルしかなく、ジャズの中にクロスオーバーという小さなジャンルが存在していた。サブカルチャー(軽音楽)の多様化が始まった頃である。

ハンコックの「ヘッドハンターズ」は、クロスオーバーミュージックの中では異色であった。クロスオーバーは、ロックとジャズの融合とされていて、チック・コリアのエレクトリックは確かにクロスオーバーだなと分かりやすかったが、ハンコックもマイルスの後を追うように、電化に走ったものの、単なる電化ではなかった。この頃から、黒人達は自信を持ち、白人の後を追うのではなく、自分の音楽を追究するようになったと思う。

カメレオンに針を落とす。「迷信」と同じようなリズムをキーボードで刻んでいるが、ハービー・メイソンのスネアのタイミングが、16ビートで、裏に入っている。ハンコックはフェンダーローズ、ムーグシンセサイザー、クラビネットと何種類ものキーボードを使い分け、まさにカメレオン、変幻自在。次のウォーターメロンマンは60年代にハンコックが4ビートジャズとして演奏していた曲の再演だが、全く別物。イントロはアフリカを意識したもの、それから続く重いリズムがたまらなく良い。ギターで刻んでいるように聞こえるリズムはシンセ。B面の一曲目は「スライ」。やはりそうだよな一目置かれてたのが嬉しい。当時どん底だった、スライを元気づけようとしたのだろう。この複雑なリズムは、8を倍に刻んで16にしただけではなく、黒人達が自覚的に作り出し発展させたものだろう。ジェームス・ブラウンとスライ&ファミリーストーンの功績である。

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